1: カラカル(茸) [CN] 2022/07/20(水) 16:25:50.54 ID:3pGdyNvX0● BE:866556825-PLT(21500)
「2ちゃんねる」での“炎上”を見て、社内改革を決意した。コクヨ社長が新人時代に抱いた覚悟
https://news.yahoo.co.jp/articles/9b43e03f741864a81e1489fbc660a0b016bda9c5
BUSINESS INSIDER JAPAN
黒田英邦(くろだ・ひでくに):1976年、兵庫県芦屋市出身。甲南大学、米ルイス&クラークカレッジ卒。2001年コクヨ入社。コクヨファニチャー社長、コクヨ専務などを経て2015年より現職。曽祖父は創業者の黒田善太郎氏。
1905年創業の文具・家具メーカー「コクヨ」。いま、経営の陣頭指揮をとっているのが創業家出身の黒田英邦氏(46)です。
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「歴代の社長は私と違ってみんなカリスマでした」と語りつつも、「私が考えるこれからのリーダーに求められる大切な役割とは、社員がチャレンジできる環境をつくること。背中を押してあげること」だと語ります。
事業の責任者や役員を経験しながら、黒田氏は伝統企業にありがちな「昔からの当たり前」を改め、少しずつ社内改革を進めてきました。
そのモチベーションの源泉はどこにあるのか。黒田氏に聞くと意外な答えが。2001年の入社当時、ネット掲示板で“炎上”していたコクヨに関する書き込みを見たことだったと明かします。
不確実性が増している時代、日本を代表する老舗メーカーのトップは、どんな未来を描くのか。黒田氏に聞きました。
── 3年後に創業120年を迎えるコクヨですが、創業家の一人として「後を継ぐ」という意識は幼い頃からあったのでしょうか。
なんとなくですが父親からは「継いでほしいのかな……?」というオーラを感じていました。でも、直接的に「コクヨを継げ」と言われたことはないんです。
いわゆる帝王学みたいなものはありませんでしたね。「立派な人になれ」「会社を背負え」とも言われませんでした。なので「将来、社長になるんだ」とは思っていなかったんです。
ただ、「他の人に迷惑をかけないで生きなさい」とはよく言い聞かせられました。
コクヨでがんばろうと思ったのは、それこそ大学卒業後に入社したタイミングからでした。
── 大学卒業後、アメリカ留学を経て2001年に入社されています。当時のコクヨはどんな雰囲気でしたか。
会社としての業績はそこまで悪くなかったと思います。日本経済が景気後退局面に入ったとはいえ、まだリーマンショックの前でした。
ただ、雰囲気としてはすごく内向きでした。当時は事業ごとに分社化したこともあって、今と比較するとかなり縦割りでオープンではない会社だったと思います。
引用元:https://hayabusa9.5ch.net/test/read.cgi/news/1658301950/続きを読む